おれ かきすてる おまえ よむ

ぶんたい いろいろ いちにんしょう ばらばら でも それでいい きにするな おまえ つよくいきろ それでいい

ガテン仕事のコミュニケーション

私は、建築や土木の現場で仕事をしていたことがあります。とはいえ職人ではないので(建築や土木の世界では「作業員」全般を大ざっぱに「職人(さん)」と呼びます。一般の用法とはズレがあるので要注意)、現場ではかなりの下っ端として扱われる、とあるお仕事です。

例え下っ端仕事でも、同じ現場で共に働く以上、職人さんと協調して動かなければなりません。すなわち、職人さんとしっかり打ち合わせをしたり、コミュニケーションをとる必要があるわけです。

でも…これがね。最初はなかなか怖いのですよ。実際のところ、ガテンな皆さんってのは少々気難しい人が多いので。元々が気難しい上に、こちらは下っ端だと見なされていればなおのこと、取り付く島がない。どどどどうやって話せばいいんだ。

リスペクトの気持ちが第一歩

それでも、しばらく働いていると、なんだか上手くやれるようになっちゃうもので。最初は「なぜか」できるようになったのですが、改めて分析してみると、どうやらこの業界にはコミュニケーションのためのプロトコルがあるのだと分かってきたのです。

一番大切なのは、互いをリスペクトするということでした。

特に建築はそうなんですが、仕事がかなり細分化されています。たとえば一戸建ての住宅をひとつ建てるにしても、解体から始まり、地盤改良、基礎、仮設、足場、建方、左官、防水、屋根、内装、電気、ガス、水道、設備、外構、造園…。これら工程の多くは、その工程のみを専業とする職人さんがやってきて、入れ替わり立ち替わり作業をします。またその中でも、基礎は基礎屋さんだけではなく、ポンプ屋さんや生コン屋さん、生コンの検査屋さんと一緒に仕事をしますし、建方であればクレーンオペさんを呼ぶこともあります。道路を占有して作業する時には警備さんも必要ですし、なにか物を運んでくる時はトラックドライバーさんが加わり、重い荷物を上まで運ぶ時は荷揚げ屋さんにお願いして、ゴミが出れば産廃屋さんに引き取ってもらう。内装/設備周りはさらに細かくて、エアコンクロスキッチントイレおふろ……全て別の職人さんが担当します。

それぞれが各分野のプロフェッショナルで、お互いの仕事は交換できない。それぞれがそれぞれの職能を全力で磨き、分担するからこそ、高品質な家を効率的に建てることができる。だから、みんなそれぞれ、互いの仕事と存在をリスペクトしているのです。

どれだけ経験の長い人でも、どれだけ年長者でも、相手が自分にできない職能をしっかりこなしていれば、丁寧に話しかけます。それは、私の担当する下っ端仕事に対しても同じでした。自身の役割をしっかりこなし、持たない職能をしっかり身に付け、やりたくない苦しみを分担していれば、職人さんは相応のリスペクトを持って接してくれるのです。

苦しみの分担ってのはわりとポイントかも知れませんね。「君の仕事やだよ、俺絶対やりたくないもん」ってのはよく言われましたし、職人さんの間でもよく交わされていました。それは決して相手の仕事を貶す意味ではありません。「自分にはできない、やりたくない仕事を分担してくれてありがとう」という、感謝や尊敬からくる言葉です。

逆に、自らへのリスペクトに欠けている相手、ないしはリスペクトできない相手に対しては、かなり辛辣な態度をとる人も多いです。その意味で一番嫌われがちなのは現場監督というお仕事で…まぁ、それはいいか。

結局、当たり前のことでした

プロトコルがあるなんて大仰な事言いましたけど、結局それって、社会生活全てに当てはまることですよね。リスペクトを持って接するのが、コミュニケーションの基本。

でも、社会ではとかく忘れられがちな気がします。「うちは実力主義だから」とか「体育会系の上下関係だから」なんて理由を付けて相手を虫ケラのように扱ってみたり、下請けに対してひどい態度を取ったり、求職者をゴミのように扱い圧迫面接してみたり。

ガテンなんてまさに体育会系で厳しい世界だと思われがちですけど、全くそんなことないですよ。互いをリスペクトするというベースがあるから、同じベースを持って真面目に仕事をする人にとっては、すごく居心地のいい場所です。

あと、やたら怒鳴ったり、ましてや殴ったりする恐い親方なんて、今の時代ほとんどいませんね。怒鳴り声で近隣からクレームが出たり暴力で警察沙汰なんてなったら元請けに切られちゃいますし。大体、ただでさえ人手不足で困っているのに、無闇にきつく当たったらみんなすぐ辞めちゃいます。仕事だって忙しくて長引けば色々自腹切らなきゃならないわけで、いちいち怒鳴り散らして停滞させるのは損。幸運にも新人が入ってくれば、きっちり育てて早く一人前にして、なにより自分が楽をしたい!ってみんな思ってます。現実的ですよ。

リスペクトの実践

リスペクトというのは気持ちの問題ですが、具体的に行動で示さなければ伝わりにくいものです。自分はリスペクトをどのような行動で示したのかということを書いて締めておきます。

相手を見下さない

共に仕事をするならば、相手や相手の仕事を見下さない。当たり前のように聞こえるでしょうが、たとえ相手と雇用関係や上下関係があっても見下さない、ということです。

相手に見下されていると思ったら、大抵の場合、その時点で正常なコミュニケーションは打ち切られます。見下してもなお相手がコミュニケーションを取ろうとしてくれる場合、それは相手が異常に優しいか、自分が恐喝しているだけ。

見下している側は自分が偉いと思っているのかも知れませんが、実際は相手の優しさに甘えているだけの甘えんぼ野郎です。甘えんぼ野郎の何が偉いものか。クソガキ以外の何者でもないです。

必要以上にへりくだらない

相手を見下さないのと同じくらい大切なのが、自分を下に置きすぎないということ。例え自分が全くの新人でも、です。謙虚さは大切ですが、卑屈さと謙虚さは違います。

卑屈な人は、向上心がないと見なされているような気がします。いつまでも下にいるつもりか、俺と対等な立場で仕事ができるように自分の技術を磨け、と怒っている親方を見た事があります。あるいは単に、その態度には何か裏があるのではないか、と信用されなくなる面もあります。

見下さず、へりくだらない。ということは、ベストポジションは「対等」なのです。タメ口って意味じゃないですよ。では、相手と対等になるにはどうしたらよいか。それが次のふたつ。

自分の仕事をこなす

自分の担当分野をきちんとこなすこと。それができなければ、相手からのリスペクトは得られません。もちろん、まだまだ未熟なうちは、できなくて当然。代わりに向上心を見せること。そしていずれ、自分の仕事や能力を誇れるようになることを目指す。

下っ端仕事だとしても、必要だからそこに呼ばれているわけです。呼ばれたのに自分で自分は無駄な存在だなんて態度をしていたら、お前は何様だ、ということになります。俺は俺の仕事をこなして金貰いに来てんのよ、と言えること。自分の仕事は価値あるものだと信じ、証明し、自分を誇ることが必要です。

相手の仕事を知る

相手の仕事をリスペクトする、ということは、相手が一体どういう仕事をしているのか、知る必要があります。知らないものはリスペクトできない。自分で調べてみたり、休憩中に直接聞いてみたりして、どんな仕事なのか知るように心掛けていました。職人さんが困っていたら少し手伝う事ができるくらいにはなりましたね。

休憩中に仕事の話かよーというリアクションは意外にもなく、皆さん喜んで教えてくれました。なんせ皆、自分の仕事を誇りに思っていますから。自分の誇っている仕事を語って、すごいって言ってもらったり、大変ですねって言ってもらったりって、嬉しいもんですよね。もちろん、下心で演技してもしょうがないので、本心からそう思えないとダメですけど。


社会がリスペクトで溢れたら、それだけでずいぶん過ごしやすい社会になる気がします。ガテンの世界から離れはしましたが、あそこはほんとに居心地のよい世界でしたから。